株式会社博展が2022年に立ち上げた体験デザインの開発組織「Experiential Design Lab(以下、EXD-Lab)」は、2026年3月、名称を「Studioコー(スタジオ・コー)」へと変更しました。

約3年半にわたり、地域、教育などの社会課題に向き合いながら「体験を通じた新しいつながり」を生み出してきた同組織は、なぜ今、「Studioコー」という新たな名前を選んだのでしょうか。そしてその先に見据えるビジョンを、クリエイティブディレクターの中里 洋介さん、デザイナーの中榮 康二さんに話を聞きました。

Creative Director / 中里 洋介 / Yosuke Nakazato
1987年横浜生まれ、東京芸術大学 先端芸術表現専攻 修了。その後、東京芸術大学大学院の助手勤務を経て2018年から博展に入社。体験デザインを中心としたクリエイティブディレクターとして活動。その他、端材をメインとして作品づくりを行うPalabとしても活動。

Designer / 中榮 康二 / Koji Nakae
立命館大学理工学部建築都市デザイン学科卒業、同大学院修士課程修了。インスタレーション、空間デザイン、プロダクトなどを手がける。一級建築士。


まじわり、耕し、手を動かす。「コー」という名に込めた意思

——まずはEXD-Labとはどんな組織なのでしょうか?

EXD-Labを立ち上げた当初は、社内のR&Dとして開発組織に近い位置づけでした。案件が起点というより、「これからの体験とは何か」という問いを起点に、さまざまなプロジェクトを開発するための組織です。そして、そんな活動を続けていくうちに、徐々に社会実装のフェーズへ移行し、地域との接点や外部連携も増えてきたんです。

——Studioコーへの名称変更の背景を教えてください。

単純に長すぎるし言いづらいというところからですね。

また、活動が広がる中で、ラボという名称では社外に伝わりにくくなったことや、世の中に「ラボ」と呼ばれる組織が多くあり、より活動にそった名称に変更することになりました。

——一気にシンプルになりましたね。「コー」の由来はなんですか?

Studio コーの「コー」には、3つの行為を込めています。

耕 / こう(たがやす)──リアルな「観察」により大きな課題や問いを丁寧に掘り起こし、思考の土壌を耕す。
工 / こう(たくむ)──手を動かし、リアルなプロトタイプとしてかたちにする。
交 / こう(まじわる)──体験によって新たな様々な関係を紡ぎ直す。

私たちは、体験デザインを単なる演出ではなく、社会課題に正面から取り組む手段と考えています。土を耕すように、人と人とのあいだに種をまき、対話と実践を重ねて関係性を再構築する——そういった姿勢で大きな課題に対して「じゃあコーしてみよう」ということで「Studioコー」に名前を改めました。


営みの観察から生まれた「問い」を「体験」というかたちへ

——これまでの活動で、印象に残っているものや、ターニングポイントになったものを教えてください。

まだチームとしても立ち上がりきっていない時期に取り組んだ、博展と資生堂との共創プロジェクト「銀座生態図」です。

銀座という街を「生態」という視点で捉え直し、実際にフィールドワークを重ねながら、植物や土壌を採取したり、街の人に話を聞いたりして、その断片を標本のように集め、銀座の全72区画をベースにした立体の地図の中に配置していくことで、普段はまったく気にすることのない「銀座の生態」を、歩きながら体験できるような展示をつくりました。

最初に銀座を歩いたとき、意外だったのが街路樹の多様さでした。
よく見ると、通りごとに樹種が違っていて、かなり豊かな植生がある。そこから調べていくと、銀座は東京の中でも街路樹の種類が多く、多様な生態が潜んでいるエリアであることに気づきました。ただ一方で、銀座は日本有数の商業都市でもあるので、実際にはそういった自然に目が向くことはほとんどありません。むしろ、消費やブランドのイメージの中に埋もれてしまっている。

でも、都市と植物、あるいは人の営みと自然の関係って、これからの社会にとってかなり重要な「問い」なんじゃないかなと。
このプロジェクトは、その関係性にふと気づくきっかけが実際のフィールドワークから生まれました。

この取り組みを通して、イメージとして語られる街と、実際の「まちの営み」を観察することで見えてくる存在のあいだに、ズレがあることに気づきました。

そのズレを可視化し、体験としてひらくことで、そこに潜んでいる社会の問いのようなものに触れられるのではないか、と感じ始めました。

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「新しい銀座の歩き方」を創ったウィンドウアート

もう一つは「ARIAKE MIKOSHI PROJECT」です。

埋立地として発展してきた有明エリアにおいて、「地域独自の文化的アイデンティティが見えにくい」という課題がありました。そこで、かえつ有明中・高等学校の高校生と住友不動産商業マネジメント株式会社とともに有明らしい神輿をつくるというユニークなアプローチを行いました。

「神社がない中でどのように神輿をつくれば良いのだろう」という問いなどを抱えスタートしたこのプロジェクトは、歴史的背景、地元の声、土地の象徴——それらを踏まえて、ゼロから高校生と共に制作しました。高校生たちは、体験を通じて“都市の営みを自分ごととしてとらえる”視点を手に入れたと思います。このプロジェクトではフィールドワークでの「問い」の発見の仕方と、そこに加え「共創」という形が出来上がり始めました。

(このプロジェクトは2023~2025まで3年間続いています)

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ARIAKE MIKOSHI PROJECT

——地域課題のユニークなアプローチといえば、「旅とスナック」も面白い取り組みでしたね?

「旅とスナック」は、HISからの「観光のその先にある体験をつくりたい」という相談と、熊本市の「観光客が熊本城などの人気エリアに集中し、他の魅力が十分に知られていない」という課題から生まれたプロジェクトです。

フィールドワークを進める中で、熊本市内にスナックの看板が多いことに気づきました。調べてみると、熊本は全国でも有数の“スナックの多い街”であり、また、ママや常連たちがまちのことをよく知っている存在であることが分かりました。そこで私たちは、スナックを「まちの案内所」として捉え直すことを考えました。観光客がまずスナックに立ち寄り、ママや常連との会話を通して、地元ならではの熊本の魅力に出会っていく。そんな観光のあり方です。

そこで、スナックを観光の起点にする。
その体験を実現するためのコミュニケーションキットを開発しました。

スナックを街の案内所にするコミュニケーションキット

スナックには、地元の情報、常連のネットワーク、文化的な背景が凝縮されています。それを観光資源と見立て、訪問者がママと出会い、まちを知り、人とつながる体験設計を行いました。このプロジェクトは、まちの営みの中に埋もれていた資源を“再定義”し、新たな体験をつくった事例です。


可変什器を切り口に生まれた教育現場へのアプローチ

——「Air’s Furniture」の取り組みも面白いですよね?

私たちが生み出す「体験デザイン」の多くは、場所や空間にとらわれないものが多いです。
そこで、どう体験を作り、繋がりを生み出すかという課題のなかから生まれたのが、空気のように軽やかに持ち運べる、持続可能な可変式什器「Air’s Furniture」です。

例えば、杉の森酒造さんと取り組んだ「Bottle cap furniture」というものがあります。

酒蔵の一角をコミュニティスペースとして使ったり、時にはイベントに持っていたりと、酒を通じた体験と繋がりを作り出すための什器として、酒を入れる酒箱(P箱)をテーブルにも椅子にも、時には展示台にも使えるファニチャーを開発しました。

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Bottle cap furniture

このように、現地にあるものや簡単に運べるものを再編集し、新しいコミュニケーションスペースの可能性を探るための一つのアプローチとしていくつかの什器を開発していました。

昨年は、抹茶文化の新たなアプローチとして山政小山園さんと組んで「MATCHA through Air’s Furniture」というものを開発して、「Dutch Design Week 2024」に出展したりもしました。

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RE:MATCHA

——それは、さまざまな地域の課題に応用できそうですね?

そうですね、そして実は、地域に限らず最近は教育分野でもこのアプローチが活きています。

あるとき、ミコシプロジェクトでご一緒したかえつ有明中・高等学校から「校内で使用するパーテーションを制作してほしい」という依頼がありました。しかし、よくよく課題を聞いてみると、生徒の創造性や主体性を伸ばしたいという意図があることに気づき、そしてそれは「教室に固定された家具が、生徒の主体性を制限しているのでは?」という問いに行き着きました。「教室の使い方を問い直す」というテーマから、可変的に使える什器として開発されたのが“Kumoo(クモー)”です。

1/10の模型を用いて、まず生徒たちが使いたいと思えるような場をつくりたいかを遊び感覚で話し合い、実物大の什器を自分たちでつくり上げていくのが特徴です。

また、単に什器をデザイン・納品するだけでなく、開発段階で「使い方を高校生と一緒に考えるワークショップ」も実施しました。完成した什器は、現在では校内で人気アイテムとなっているそうで、イベントや部活動、日常の居場所として、多様な使われ方が生まれています。

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Kumoo (クモー)


地場産業とつながり、未来の価値を育む

——自分たちの拠点である新木場での新しい取り組みも気になります。どんな展望を描いていますか?

現在は、自分たちがいる地域との連携にも力を入れています。博展の制作拠点である東京都江東区辰巳の「T-BASE」は、名前の通り昔から木材会社が多く集まる新木場エリアに隣接しています。

新木場エリアの材木業界は今、非常に厳しい状況にあります。これは木工を得意とする博展にとっても、材木業界のパートナーが減っていくことで、私たちの提案や活動の幅も狭まってしまうのではないかという懸念があります。そして、何より我々の周りに課題があるならば一緒になんとかしたいという気持ちが強いですね。

そこで、2025年12月に博展の年に一度のオープンスタジオ「HAKUTEN OPEN STUDIO」と同時期に、新木場の街をひらく回遊型のイベント「SHINKIBA CREATIVE HUB」を開催しました。街の歴史や資源を現代の視点で“かさねなおす”をテーマに、普段は閉じられた工場や会社の扉を社会にひらき、新木場の新たな可能性を探りました。

——第一回目のイベントの反響はどうでしたか?

3日間、新木場駅を中心に周辺の全9か所の会場にて、さまざまな体験コンテンツが実施され、延べ参加者数約3160名に来場いただきました。我々としても新木場の「土地」の新たな可能性が見えてきましたし、来年は参加したいという地場の事業者からの声も届いています。

今後は、イベント単体で終わらず、持続的にまち全体へ影響のある活動を行い、コミュニティを育んでいきたいと企んでいます。


「じゃあ、コーしよう。」社会にひらかれたデザインへ

「これまでのように企業内の“研究開発”で閉じるのではなく、スタジオとして社会にひらかれた活動をしていきたい」。そう語る2人の言葉には、強い意志が感じられました。

名称変更は、単なる看板の付け替えではありません。地域・教育・産業といった社会領域を横断する「デザインコレクティブ」へと変貌を遂げつつある過程だと感じました。

Studio コーが掲げる「耕・工・交」という3つの姿勢は、今後ますます混迷する社会において、人や地域、文化をつなぎ、新たな可能性をひらく「体験の実装」そのものです。

今後も体験を通じて新しい価値を生み出す“触媒”として、より一層の活躍が期待されます。

ー「正解のない問いを持って、じゃあ、コーしよう。」

その言葉どおり、Studio コーの挑戦は、私たちの暮らしや価値観に静かに、しかし確実に変化をもたらしていくことでしょう。


Studioコー Members

Creative Director / 中里 洋介 / Yosuke Nakazato
1987年横浜生まれ、東京芸術大学 先端芸術表現専攻 修了。その後、東京芸術大学大学院の助手勤務を経て2018年から博展に入社。体験デザインを中心としたクリエイティブディレクターとして活動。その他、端材をメインとして作品づくりを行うPalabとしても活動。

Designer / 中榮 康二 / Koji Nakae
立命館大学理工学部建築都市デザイン学科卒業、同大学院修士課程修了。インスタレーション、空間デザイン、プロダクトなどを手がける。一級建築士。

Designer / 藤原 慧茉 / Ema Fujiwara
1996年兵庫県出身、武蔵野美術大学 空間演出デザイン学科修了。2019年 空間デザイナーとして博展に入社。ウィンドウディスプレイから常設空間まで幅広くデザインを担当。

Production Director / 新宮 海生 / Kaiki Shingu
1996年北海道生まれ、北海道教育大学岩見沢校でアートプロジェクトを専攻し、2019年に(株)博展へ入社。制作職として、主にtoCイベントやウィンドウディスプレイなど一癖ある案件を多く担当。ものづくりをベースに、地域や人とのつながりを考える。

Planner / 真崎 大輔  / Daisuke Masaki
1988年東京生まれ、武蔵野美術大学 視覚伝達デザイン学科 修了。その後、2012年から(株)博展に入社。プランナーとしてB2Cブランドを中心に、年間イベントプロモーションの設計を行う。現在では、地域事業にも領域を拡張し、体験デザインや事業プランニングを担当している。

Planner / 矢島 大  / Masaru Yajima
1982年長野県生まれ、グラフィックデザイナー、アートディレクターを経て、2020年(株)博展入社。中部・西日本エリアを中心にtoB、toC問わずマーケティング戦略からプロモーションまで一貫したコミュニケーション設計を行う。近年は自治体や教育機関との連携も深めている