2026年3月、博展が、we+、セメダイン株式会社と共に開発した、海藻由来の接着剤「LOOPGLUE(ループグルー)」の開発の裏側を語るプロジェクトストーリー。後編では、接着剤に向き合った4人が、接着剤の原点をあらためて捉え直します。

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Index

接着性と剥がしやすさを両立する「易解体」の実現

ものづくりの根源としての「接着」を捉え直す

社会変革のきっかけをつくる、小さな歯車を回していくこと


接着性と剥がしやすさを両立する「易解体」の実現

-博展とwe+のリサーチ結果を踏まえて、セメダインにてどのような検証がおこなわれたのかを教えてください。

荒井(セメダイン 開発推進部):基本的にわれわれは数値データをベースに結果を可視化していくので、普段実施している試験方法に落とし込んだ上で、接着剤としてどのくらいの強度があるのかを検証していきました。

鈴木(博展 サステナビリティ推進部、サーキュラーデザインルーム):「製品化は無理です」と言われたらどうしようと、試験結果が来るまでものすごくドキドキしたのを覚えています。同時に、自分たちが感覚的にやってきたことが数値化されていく過程は興味深かったですね。

岡部(セメダイン 開発推進部):やはり製品化にあたっては、使い方を標準化し、プロダクトとして使いやすいレベルにまで落とし込まなくてはならないので、われわれの方でもレシピを調整し、数値で結果を捉えられるようにしています。試験の結果、既存の接着剤と同等の接着性のデータを得ることができ、自信を持って製品化を進めることができました。

左から、セメダイン 荒井さん 岡部さん

-セメダインのみなさんにとって、LOOPGLUEのように剥がすことができる接着剤の開発は新しい領域なのでしょうか?

岡部:そうですね。われわれの顧客である建築や自動車メーカーにとっては、一度接着したものが剥がれてしまったら、それはもう一大事なので、こういった剥がせる製品をつくること自体、まだまだ研究途上の分野ではありますね。接着剤の学術分野においては、接着後の解体しやすさについて研究する「易解体」への注目も集まっているものの、大がかりな設備が必要となったり一般的な環境での実現のハードルは高いケースもあったりします。個人的にも、そのハードルをいかに下げることができるのかに興味があったので、今回水をかけるだけで剥がすことができるこの接着剤が実現したことは、易解体の技術が社会に浸透していくきっかけにはなるのではないかと感じています。

-接着の分野において易解体に関心が持たれるようになったのはいつ頃からですか?

岡部:ここ20〜30年のことだと思いますね。これまでは信頼性の高い接着剤の開発において、接着性と剥がしやすさは二律背反の関係にあり、トレードオフでもあったので。最近では、自動車分野において、特性の異なる材料を適材適所で組み合わせたり複合化したりする“マルチマテリアル化”がどんどん進んだことで、リサイクルする際の易解体性が求められるようになっていますし、電流を流して剥がす接着剤がスマートフォンのバッテリーに使用されるなど、実用化が進んでいる部分もあります。とはいえ、LOOPGLUEのように高い接着性を持ちながら水に濡らすなどのきっかけを与えるだけで剥がれる製品は、まだまだ掘り下げがいのある分野だと思います。


ものづくりの根源としての「接着」を捉え直す

-本プロジェクトでは、海藻由来の成分の接着性の検証と同時に、人類と海藻の関わり方の歴史など、文化的なリサーチも実施しています。これはwe+のこれまでのプロジェクトの特徴でもありますが、そういった視点を重視されている理由をお聞かせください。

安藤(we+):もちろん科学/化学的なアプローチも重要だと思うんですが、同時に現代の接着剤としてどのような可能性があり得るのかを考える上で、人文学的な情報をインプットしておくことも大事だと考えたんです。そこから何かしらのインスピレーションが生まれる場合もありますし、僕らの領域においては、そういったリサーチも同時にやっておかないとバランスを欠いてしまう感覚があるんですね。

感覚的に優れただけのものをつくることは、例えるならば“根っこのない木”のようなものだと思うんですよ。風が吹けばすぐに倒れてしまうような、薄っぺらいものになってしまう。僕らはあんまりそういったものづくりはしたくないですし、簡単には消費されない、きちんと根を張ったものをつくるために、コンテキストやヒストリカルなリサーチを重ねていく必要があるのではないかと考えています。

岡部:そういったリサーチのプロセスは、僕らにとっても大きな学びになりました。普段僕らが身を置いているBtoBの領域においては、スペックがきっちりと決まっていますし、実験もわりと淡々と進めていくので、ある程度これまでの経験則の中に限定されてしまうところがあります。今回のようにみんなで感動を共有しながら進めていく場面はなかなかないですね。

また、そもそもセメダインのルーツには膠(にかわ)があり、事業を発展させていく中で人工化学合成品をベースとした工業用接着剤メーカーとして舵を切っていった経緯があるので、自分たちのルーツに触れるような感覚もありました。

荒井:普段の接着剤の新規開発では、基本的に組成の検討が中心となるため、どの素材を入れればどのくらいの接着性が出るのか、ある程度社内の知見から予測ができてしまうんです。そもそも原材料となるものがどのような素材なのかについても、これまで十分に考えられていなかったので、このプロジェクトを通して学ぶことは多かったです。

-創業100年を越えるセメダインのルーツに膠があるように、「接着」はものづくりやデザインにおける根源的な行為でもあると思います。新しい接着剤をつくる経験から、デザイナーとしてなにか感じたことはありますか?

鈴木:確かに、僕らが普段やっている空間デザインにおいては、ものを接着させることと分解すること自体があたりまえの行為ではあったので、あらためてそれらを捉え直すことの新鮮さがあったと思います。

安藤:そうですね。なにか切って貼ることは、ものをつくる上でもっともプリミティブな行為のひとつなのではないかと思います。セメダインのルーツである膠はもちろん、歴史を通じてでんぷんのりや漆といった天然由来の接着剤は重宝されており、それらの存在があってこそ文明が築かれていった面もあるのではないかと。考えてみると、うちの娘も工作の時にいつも糊を使っていて、子どもがいちばんはじめに立体物をつくるために必要なのは接着剤なんですよね。

身の回りにあるものを組み合わせてなにかをつくることが僕らの仕事ではあるんですが、これまでデザイナーは「接着」すること自体にちゃんと目を向けてこなかったのではないかと感じています。このプロジェクトはセメダインのような企業の力添えがあってこそ実現できましたが、いわゆる副資材と呼ばれているような接着材の開発に、デザイナー自身が携わることが、今後あたりまえのことになっていくのではないかと思いますね。

開発プロセス

岡部:これまでずっとwe+の展示を見てきた僕としても、その感覚は理解できるところがありますね。彼らはマテリアルに対する深い造詣と愛があるので、今回接着剤にまで手を広げてきたことは、料理人が自分のための包丁をつくるような感じがします。

安藤:人間は古来から、ものをつくるための道具を自らつくってきたと思うんですよ。例えばシルクなんですが、蚕から紡ぎ出される糸に「撚り」という物理的な変化を加えることではじめてシルクはその真価を発揮します。その洗練のために、人々は単に既存の道具を使うだけでなく道具そのものから設計し直してきました。よりクオリティの高いものをつくるために最適な道具を自作し、技術を編集することを、あたりまえのこととして実践してきたのではないかと。

これは自戒も込めてですが、すでに道具がいくらでも揃っている現代のデザイナーは、何かとインスタントにものをつくってしまいがちなところがあります。だからこそ、ゼロから道具をつくる今回のプロジェクトに新鮮さがあったと思いますし、デザインにおける「接着」することを捉え直すきっかけになったことは、デザイナーとして意義のあることだったのではないかと感じています。


社会変革のきっかけをつくる、小さな歯車を回していくこと

-今後LOOPGLUEの普及が進むことで、業界内のどのような変化が起きると思いますか?

鈴木:廃棄物の低減と循環性の向上を目指す博展のサーキュラーデザインルームとしては、循環性を実現できる接着剤として業界内で重宝される可能性があると考えています。これまでは分解性に配慮したデザインを実施する上で、どうしても表現の制約があったのですが、それらがなくなることで資源循環型のイベントや空間づくりの選択肢も広がっていくはずです。

また、既存の接着剤と比べるとLOOPGLUEの費用は高くはなるんですが、分解性が上がることで車両運搬台数を減らすことにもつながりますし、施工時間や人工数が削減されるので、トータルでのコストは変わらないのではないかと考えています。展示デザインで使用する木工のリユースパネルにおいても、これまではどうしてもパネルに貼った素材が綺麗に剥がせず、平均で7回ほど使用した後に廃棄せざるを得なかったんですが、LOOPGLUEによって新品同様の状態に戻すことができるので、より循環性の高いイベントが実現可能になります。

環境負荷を下げるためにクライアントにさらにコストをかけてもらうことは、僕らとしては出すべき答えではないと思っているので、博展に仕事をご依頼いただければ、コストを変えずに環境に負荷をかけずにイベントを実装できる、そんな状況をつくっていきたいと思います。同時に、イベントの循環性を上げることで他の価値も上がっていくような、そんな相乗効果を生み出していきたいですね。

荒井:私も普段、社内の営業担当とやり取りする中で、リノベーションなどの現場で剥がしやすい接着剤を求める声が上がっていることを耳にしています。現状では、床材などを剥がす際に専用の大きな機械を入れて作業をする必要があり、あまり音を出せない集合住宅などにおいては、改修自体が難しいようなんですね。さらに、これまでは借家の場合は壁紙などを貼ることもできなかったと思うので、LOOPGLUEのようにちょっとした外的要因によって剥がせる接着剤は、DIYなどのシーンでも需要があるのではないかと感じています。

-最後に、LOOPGLUEの開発プロジェクトを振り返って感じていることをお聞かせください。

岡部:接着性とサステナビリティを両立するひとつの事例をつくることができたことは、接着剤業界としてもとても意味があることだと思っています。今後、社会実装に向けた取り組みを社内外に発信していくことで、これまでのセメダインとはまた異なるストーリーを伝えていけるきっかけになると思いますし、そんなプロジェクトを同級生と進めることができた感慨深い機会でもありました。

荒井:今回のプロジェクトを通して、建築市場において活発化しているリサイクルやリユースなどの動きに寄与できればと思いますし、廃棄物の低減や環境への配慮など、今後さらに求められていく領域に貢献できることをとても嬉しく感じています。接着剤は表に出るものではなく、裏から支える技術ではありますが、大袈裟に言えば、世界を変えることをできる技術でもあると思うので、今後もそういった分野に貢献できる仕事をしていきたいです。

安藤:そもそも鈴木さんとの居酒屋トークをきっかけに走り出したプロジェクトでしたが、フットワーク軽く取り組めたのがよかったなと、振り返ってみて思いますね。水をかけて剥がせることがわかった時にみんなで盛り上がれた瞬間はとても貴重だったと思いますし、中高時代の同級生との協業も含め、さまざまな幸運が重なったプロジェクトだったなと感じています。

これまでwe+は、社会になにかしらのポジティブな影響を与えていくための小さな歯車を回していくようなイメージで仕事に取り組んでいたんです。僕たちのプロジェクトをきっかけに生まれた小さな歯車が、少しずつ大きな歯車と噛み合っていき、産業構造が変わってしまうような社会実装につながっていく感覚です。今回のLOOPGLUEもまだ小さな歯車かもしれませんが、先々につながる可能性を秘めたプロジェクトだと感じています。また、あらためてこういった副資材をデザインするプロジェクトにデザイナーとして関わることの重要性も感じました。

鈴木:これまでも博展は環境負荷の低減やサステナビリティの推進といった社会課題の解決に取り組んできましたが、やはり自社だけでできることは限られますし、今後さらに共創や協業に取り組んでいく上でも、ひとつの大きな成果となる事例をつくることができた意義深いプロジェクトだったと思います。

2030年までに「すべての体験や空間を資源循環型でつくる」ことを目標に掲げている博展としては、まだまだ改善しなければならないことがたくさんあるんですが、今回のプロジェクトを通して、何かハードルを越える時にイノベーションが生まれることを実感できたので、これからもチャレンジを続けていきたいと思っています。

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Writing:堀合 俊博
Editing:松浦 緑子