2025年9月1日(月)〜10月3日(金)の1ヶ月にわたり、博展、日吉屋、京都アンプリチュードの3社が共同開催した企画展『伝統工芸×デザイン×テクノロジー 工芸アートによる空間提案の可能性』。この企画展では、京和傘という伝統工芸の技と、現代のデザインやテクノロジーの融合から生まれ、国際的な評価を受けた作品『在る美』※の世界観や創作プロセスを紹介しています。
本企画展の開催に際し、特別講演会が9月19日(金)に実施されました。登壇者は共催3社の代表3名をはじめ、クリエイターやアドバイザーも加わり、それぞれの立場から、受賞作品の背景を紐解き、伝統工芸の新たな価値創出の可能性について語りました。
本記事では、講演会の内容についてレポートでお送りします。
※『在る美』:2023年、銀座資生堂ビルで展示されたインスタレーション作品。世界3大デザイン賞であるRedDotAward最高賞、日本空間デザイン賞グランプリを受賞。
Index
・第一部 『伝統工芸×デザイン×テクノロジー 工芸アートによる空間提案の可能性』のその視線の先にあるものとは?
・第二部 『Red-Dot-グランプリ』の受賞への道程と伝統工芸の可能性について
・第三部 ブランドの基点としての伝統工芸の在り方と日本の新たなるブランド力の再構築
第一部
『伝統工芸×デザイン×テクノロジー 工芸アートによる空間提案の可能性』のその視線の先にあるものとは?

第一部では今回の企画展の共催を手掛けた3社の代表がそれぞれの会社概要の紹介と、この企画に駆ける思いを語りました。

京都アンプリチュードは、京都中央信用金庫100%出資のグループ会社で、「新しい伝統工芸の創出」をテーマに、伝統工芸の技とデザインを掛け合わせて、新しい建築素材やインテリア品を開発しており、ホテルやマンション、商業施設、建築空間に向けて提案しています。代表取締役の首藤晃弘氏によると、新しい伝統工芸の創出とひとことで言っても、実際には伝統工芸の事業者や、設計や建築、デザインなどの事業者から、互いの接点を見出しにくいという声が多数、寄せられているとのこと。「さまざまな壁や課題があるのですが、その壁を乗り越えて、両者がつながって、その先にようやく“新しい伝統工芸の創出”が見えてくるはずです。その間に立ってコーディネートするのが弊社の役割です。ただ、物を創るのではなく、それをマネタイズし、現代のビジネスモデルの中にしっかりと乗せていくことを最終目標にしています」と語りました。

つづいて、博展の代表取締役社長の原田淳が創業の成り立ちから現在のサービス展開までを紹介。クリエイティブに強みを持つ博展ですが、最近は、地域の文化開発や地方創生など、その土地の魅力を広く伝えていくプロジェクトも増えています。また、力をいれているのが、サステナブルという視点です。従来のイベントはつくって、壊して、捨ててというのが当たり前でしたが、イベント自体がサステナブルでなくてはいけないという考えのもと、「2030年までに資源循環型イベントを100%実施する」という目標も掲げていると説明しました。サステナビリティと伝統工芸は密接な関係にあると語り、伝統工芸を活かした「在る美」のような作品に携われたことへの喜びも表現しました。最後に、本企画展で展示されている「在る美」が受賞した、国内外の受賞実績を紹介し、今後も社会のため、お客様のための、本質的な価値に光をあて、社会の彩りが豊かになることを目指したい。と話しました。

3社の中で唯一、伝統工芸の世界から参画しているのが、京都で160年続く京和傘の老舗、日吉屋。日吉屋 五代目当主の西堀耕太郎氏は、ある時、和傘の製作中に天日干しを行っていて、和紙や竹の骨組みを通して太陽の光を透かして見ると非常に美しいことに気がつきました。そして、この美しさを照明器具に使えないかとふとひらめいたことが、同社の人気のデザイン照明『古都里-KOTORI-』コレクションの開発へとつながっているそうです。このコレクションをきっかけに、和傘の魅力をインテリアの世界へと広げ、今では京都、東京、パリの3都市に拠点を置いて活動しています。
西堀氏は、伝統の美しさと価値を、現代の空間の中で活かしたいという思いから、ラグジュアリーホテルのインテリアや、アーティストとのインスタレーション等の共創に領域を広げています。「昔ながらの和傘づくりを軸に、伝統を守りながら革新を続け、今の時代のお客様にあった商品をつくりたい。いつの日か、この新しい商品が次の時代の伝統工芸になることを夢見て、日々の仕事に取り組んでいます」と目を輝かせました。
三者三様のキーワードから、その視線の先にある伝統工芸の明るい未来への道筋が浮かび上がってくる第一部でした。
第二部
『Red Dot グランプリ』の受賞への道程と伝統工芸の可能性について

第二部ではまず、京都アンプリチュードの新門政志氏が、『在る美』の概要について紹介しました。
「『在る美』は和傘を使ったインスタレーション形式の作品です。“伝統工芸が培ってきた技術や素材の素晴らしさを空間作品として表現することをテーマに据えて、制作しました。『在る美』の受賞をきっかけに新たな伝統工芸の世界観が認められ、今ではさまざまな建築空間に伝統工芸品を使っていただく機会も増えてきました。まだまだ発展途上ですが、大きな可能性を感じています」と、期待を込めて語りました。
Red Dot Award最高賞、日本空間デザイン賞グランプリ受賞という『在る美』の快挙の立役者の一人が、博展の空間デザイナーの伊藤愛希です。
この作品はもともと“クリスマスシーズンの資生堂パーラーのショーウィンドウを伝統工芸をテーマにつくって欲しい”という依頼から生まれました。作品のためのリサーチをする中で、本来、クリスマス装飾は魔除けの意味で作られていることがわかりました。和傘にも魔除けから始まったという説があり、親和性があることから和傘をモチーフとして選んだといいます。
「和傘を三段積み重ねたり、90度回転させてツリーとリースに見立てるデザインにしたのですが、ポイントは、和傘を使っている人にしか見えない内側の“飾り糸”と、竹骨という元々和傘に在った美しさの部分を強調し、傘の動きも取り入れた点です。傘をショーウィンドウの中で自動で開閉させるためにエンジニアチームと連携し、緻密な設計を行いました。」
傘の美しい“動き”を表現に加えたことが、伝統工芸とデザイン、そしてテクノロジーを融合した“ジャパニーズキネティックアート”として高い評価につながったそうです。
傘の構造や動きの設計・制作進行を担当したのが、もう一人の立役者、博展 プロダクトマネジメントの熊崎耕平。
「今回、評価いただいた和傘の動きの表現ですが、まず傘が開閉するという基本的な動きをどうやってインスタレーション表現に落とし込んでいくのか、が課題でした。
日吉屋さんを訪ねて、職人の皆さんと一緒に傘の開閉の仕組みを研究していきました。元々の和傘の構造を金物や3Dプリンターで作り替えて、モーターの機構が内部で動くように組み込んでもらい、実際に動かしながら、動きの間隔や強弱、スピードを目で見て、こういう表現がいいんじゃないか、こうすればもっと綺麗に見えないだろうかなど、ディスカッションを重ねて制作しました。

京都から東京の博展の制作のスタジオに職人の皆さんに足を運んでいただいたこともありました。「そうした職人さんたちとの共同作業は、本当に面白くて、楽しくて、学びになりました。これぞ真のコラボレーションだ!と胸を張っていえますね」と当時を振り返りました。
そして、主役となる和傘を制作したのが、三人目の立役者である前出の日吉屋 五代目当主 西堀耕太郎氏である。西堀氏によると和傘は奈良時代から1000年以上の歴史があり、今の形になったのは江戸時代とのこと。当時は最新の機能として、大変流行したそうです。
「和傘の素材のほとんどは草や木や竹などの自然素材です。原田さんがサステナビリティについて話されていましたが、自然素材を活用した伝統工芸品も非常にサステナブルなものだと考えています。豊かな自然を享受しながら生まれた伝統工芸品は、機能を追及した結果、非常に美しい形状に落とし込まれています。美しいものを使うとき、人の所作も自然に美しくなりますし、空間を優しく彩ることができるのではないでしょうか。
とくに今回は和傘の素材や機能面にも注目していただき、エンジニアリングやテクノロジー、アートという分野とつなげることで、和傘の美しさと魅力をより際立たせて伝えることができたと思います」
伝統工芸とは遠いところに位置すると思われたテクノロジーが、『在る美』を通して作品として融合しました。それが国内外から高い評価を得たことは、伝統工芸の新たな領域への広がりと大きな可能性を感じられました。

第三部
ブランドの基点としての伝統工芸の在り方と日本の新たなるブランド力の再構築

第三部では、元エルメスインターナショナル副社長であり、現在は、京都アンプリチュード ブランドアドバイザーを勤める齋藤峰明氏が登壇し、ブランディングと伝統工芸との関係について語りました。
齋藤氏によれば、物はまず、必要とされて生まれてくるといいます。交通手段として馬、馬車が登場すると、馬具が必要となってきました。当時、欧米では馬に乗る人は主に富裕層や貴族層だったので、彼らは機能性だけではなく、美しさや格好良さを求めていました。人より美しく洗練された馬具が欲しい、そんな欲求からエルメスのような馬具メーカーが生まれてきたそうです。
「1900年ごろ、交通手段が馬から車に置き換えられると、エルメスも大きな転換期を迎えることになりました。さまざまな革新を経て、エルメスは生き残るわけですが、その理由の一つに、“つくる物は変わっても、人々の生活を豊かにして、みんなに喜んでもらうこと、憧れの生活を提案すること”が、エルメス本来の仕事であると理解し、自分たちの美意識を変えなかった姿勢があったと思います」それがブランドの真の力なのだと齋藤氏は強調しました。
一方、日本は、明治時代の急速な欧米化で、伝統文化が残りづらかった経緯があります。しかし、その中でもいまも残る日本本来の文化・暮らし方が、海外から注目され、評価し直されています。
たとえば、日本人が大切にする自然観。日本家屋や庭、盆栽、料理、衣装、器など日本人は自然物を暮らしの中にじつに豊かに巧みに取り入れていました。この自然とのおおらかな共生が魅力のひとつだといいます。
また、“余計なものを削ぎ落とすと、より洗練されてくる”という美意識は、日本家屋や庭園に見られます。侘び寂びや粋といった日本ならではの精神性が、現在のウェルビーイングに通じるものがあり賞賛されているそうです。
現在世界では、大量生産大量消費時代を経て、ものを大切にする・本質的なものを重要視する傾向が戻ってきつつあるといいます。「この流れにのって、もともと日本に根付いていたこのような精神性と伝統工芸を現代に蘇らせることが重要ではないでしょうか」と齋藤氏は決意と共に訴えました。
エルメスが時代の大きな転換期に、つくる物を変えても根底に流れる美意識を変えなかったように、私たち日本人も、表現やかたちを変えても、伝統工芸の生き残りを賭けて、まだまだできることがきっとあるように思います。新たな日本ブランドの再構築の鍵は、伝統工芸が握っているのかもしれません。
イベント『伝統工芸×デザイン×テクノロジー 工芸アートによる空間提案の可能性』
https://kogei-art.hakuten.co.jp/
Writing:郡麻江












