Theme #1
〜「至福」をつくる体験のレシピ:記憶と欲求のメカニズム〜

博展でイベントの体験設計を担うプランナー・角田が、体験と感情の関係をデータで読み解く連載がスタートします。第1回のテーマは「至福」。どんな体験が人を至福の気持ちにさせるのか、社員アンケートの統計解析から見えてきた「体験のレシピ」を紹介します。

初めまして。
プランナーの角田(かくた)です。

博展で日々プランナーとしてイベントの体験設計を考える傍らで、体験が来場者の心を動かすメカニズムを解き明かそうと、人知れず研究活動を行っています。そんな研究が少しは日の目を見るようにと、私の体験の研究成果を綴らせていただくことになりました。

原点は、大学生時代にマジックサークルでステージマジックをしていたときのこと(※ステージマジックとは、鳩を出すマジックに代表されるステージ上で行う大掛かりなマジックです)。地元の小学校の夏祭りに呼んでいただいた私たちは、体育館のステージで100人くらいの子どもたちを前にマジックを披露しました。そのときに見た、子どもたちのキラキラした目の輝き。その瞬間、まるで子どもたちを魅了する本物の魔法使いになったようで…。十数年たった今も忘れられない思い出です。

大学のマジックサークル時代

あの瞬間をもう一度味わいたくて、「もっと人の心を動かすにはどうしたらいいんだろう?」という問いの答えを探して、私の体験研究はスタートしました。


初めての投稿となるTheme #1では、「至福」という感情をつくる体験についてお話しさせてください。皆さんはどのようなときに「至福」を感じますか?パッと思いつくのは、「温泉」とか、「豪華で美味しい食事」「極上のマッサージ」あたりでしょうか。「推しに会えるライブ」と言う人もいるかもしれません。辞書では、「この上もない幸福」「極めてしあわせなこと。そのさま。至幸。」といった言葉が並び「とにかく最高に幸せな状態」を指していることがわかります。

ーーこの「至福」という感情は、どのような体験によって引き起こされるのでしょうか?

結果の話をする前に、どのような研究アプローチによって体験のレシピを明らかにしようとしているのかをお話しさせてください。

魔法のタネ明かし:感情は『欲求』から生まれる

感情が想起されるメカニズムについての先行研究を読み進める中で、感情が想起されるとき、「何かしらの欲求が満たされる」というステップを踏んでいるのではないかという仮説に至りました。例えば、「感謝」という感情が起きるシチュエーションはさまざまですが、「落ち込んだときに友人が励ましてくれた」、「自分の誕生日に、ずっと欲しかったバッグを母がプレゼントしてくれた」などが想定できます(*1)。このとき、こういった体験の背景で、「誰かに励まされたい、救われたい」や「身近な人からの愛情を感じたい」、「価値のあるものを手に入れたい」といった欲求が満たされていることがわかります。反対に、「羞恥心」というネガティブな感情を考えてみましょう。例えば、「公衆の面前で派手に転んでしまった」、「自分の家の貧しさを必死に隠していたのに、何かの拍子にそのことが露呈してしまった」といったとき、「スマートな自分、裕福な自分という優位な自分のイメージを他者にもってもらいたい」という欲求が満たされないどころか、逆に傷つけられてしまうことが、感情想起の引き金になっています(*2)。

つまり、心を動かす体験とは、「何かしらの欲求を満たす体験」ということではないかと考えられます。そして、満たされる欲求の種類と引き起こされる感情の種類には一定のパターンがあり、そのパターンこそが「各感情をつくる体験のレシピ」になると考えました。

このような考え方に基づいて、人が潜在的に備えている欲求と感情を今回の研究用に書き出した「欲求リスト(*3)」と「感情リスト(*4)」を用意しました。そして、実際のイベントを体験した人を対象に、各リスト項目に当てはまる体験があったかどうかを1〜5の5段階で得点化してもらい、イベントごと、人ごとに各欲求、各感情がどのように満たされ引き起こされたのかを測定しました。さらに、これらの数値データを統計解析にかけることで、欲求と感情にどのような影響関係があるのかを考察しています(*5)。

それでは、本題の「至福」をつくる体験のレシピについてお話ししましょう。

『至福』の魔法をかける3つの材料

結果として、至福に有意な影響を及ぼす欲求として検出されたのは、「愉楽欲求(0.331)」、「懐古欲求(0.311)」、「再会欲求(0.326)」の3つでした(カッコ内は標準化偏回帰係数。数値が大きいほど、至福への影響が強いことを示します)。「愉楽欲求」とは、「快楽や感覚的な楽しみにより、瞬間的な幸福感を味わった」ときに満たされる欲求のことで、至福感情を想起する例として最初に挙げた、「温泉」や「美味しい食事」、「マッサージ」などもここに該当します。次に、「懐古欲求」は、「懐かしさを感じるものごとに触れ、当時の記憶や感情が蘇った」ときに満たされる欲求、「再会欲求」は「商品の復刻版や歴史的建造物の再建、引退したアーティストの復活、最新技術によるリアル再現などによって、一度失ったものと再び出会うことができた」ときに満たされる欲求としています。例で挙げた「推しに会えるライブ」は、引退している・していないなど「一度失った」という要素を度外視すれば、広い意味での「再会欲求」に含まれるでしょう。

筆者作成(n=47)

今回対象となったイベントの中で、特に「至福」感情が現れていたのは、『体験型展覧会「Perfume Disco-Graphy 25年の軌跡と奇跡」』、『Ginza Sony Park「Sony Park展 2025 Part 2」』、「ニンテンドーミュージアム」の3つ。ただ、これらの体験の中でも「5」をつける人もいれば「1」をつける人もおり、感じ方には個人差がある状況でした。なお、今回の回答者は各イベントを体験した博展社員47名で、イベントごとのサンプル数にも偏りがあります。本記事の結果は、探索的な分析から見えてきた傾向として読んでいただければ幸いです。

イベント / 施設名称期間サンプル数
1体験型展覧会「Perfume Disco-Graphy 25年の軌跡と奇跡2024年8-10月19
2デジタルアミューズメントパーク「RED°TOKYO TOWER」2024年12月7
3日本科学未来館「パリ・ノートルダム大聖堂展」2024年11月-2025年2月4
4Ginza Sony Park「Sony Park展 2025」2025年1-3月2
5Ginza Sony Park「Sony Park展 2025 Part 2」2025年4-6月3
6ニンテンドーミュージアム2025年2
7「ヨシタケシンスケ展かもしれない」2025年3-6月2
8「デザインあ展neo」2025年4-10月8
合計47
各イベントを体験した博展社員を対象に、「欲求リスト(*3)」「感情リスト(*4)」の各項目を5段階で測定するアンケートを実施(*6)

では、これらの体験において、どのように「再会欲求」、「懐古欲求」、「愉楽欲求」が満たされる体験になっていたのでしょうか。具体的な体験を振り返りながら見ていきましょう。

「至福」をつくる体験のレシピ事例

『体験型展覧会「Perfume Disco-Graphy 25年の軌跡と奇跡」』では、アーティストPerfumeの25年間の活動を振り返りながら、展示や空間を通じて彼女たちの魅力や世界観に没入することができるファンからの評価が高いイベントでした。過去の衣装の展示や、歴代MVの投影など、「懐古」、「再会」といった記憶を遡る体験が盛り込まれていたとともに、音楽やデジタル技術を駆使した映像演出などPerfumeのパフォーマンスを味わうことができ、「快楽や感覚的な楽しみによる瞬間的な幸福感(愉楽)」につながっていました。

このように、実際に「再会欲求」、「懐古欲求」、「愉楽欲求」を同時に満たすことができる体験になっていたと言えそうです。

「推し」だから至福を感じたのか?

上記の展覧会の事例を見ると、そもそも「懐古」、「再会」を体感できたのはファンだからではないか、ファンだから「至福」を感じたのではないか?という疑問が浮かんでくるかもしれません。ここについて、留意すべき点があります。今回、「体験で満たされた各欲求」と「想起された感情」との影響関係を明らかにする解析(*5)を行っています。その際に、「推しや友人、仲間など、誰かを応援し力になりたい(応援欲求)」や「好きな人やものを慈しみ、大切にしたい(愛着欲求)」についても「至福」との相関関係が見られましたが、「再会欲求」、「懐古欲求」、「愉楽欲求」と比べて固有の影響値は弱い結果となりました。そのため、最終的な分析モデルからは削除しています。

今後サンプル数を増やしていったときに影響関係を見出す可能性がありますが、「応援」、「愛着」といった「推し」要素よりも、「再会」、「懐古」といった記憶を遡る要素が強く検出されたことは、それだけ「記憶」が「至福」感情に強く影響することを裏付けているのではないかと考えられます。

鍵は「自分自身の記憶」

さらに興味深いことに、『日本科学未来館「パリ・ノートルダム大聖堂展」』では、全体的に「再会欲求」、「懐古欲求」、「愉楽欲求」ともに評価が高くなっているにもかかわらず、「至福」感情は検出されませんでした。ここから、一概に「記憶を遡る」体験といっても、知識や情報としての記憶ではなく、自身の体験としての記憶であることが重要なのではないかと考えられます。

パリ・ノートルダム大聖堂展では、ノートルダム大聖堂の歴史や、2019年の火災被害から復興していく足取りを、創建時から現代までのタイムトラベルコンテンツによって擬似体験していくものになっていました。この中で、擬似的に「懐古」や「再会」を体験することができたはずですが、それは自分自身の過去の出来事に紐づいた記憶体験ではありません。このことから、「至福」を想起させるには、自分自身の過去の体験が呼び起こされるような記憶体験が必要になると考えられます。

記憶と結びつく場をデザインする

この結果を踏まえると、いかに素敵なブランドストーリーであってもただ一方的に伝えていては来場者の「至福感情」にはつながらないということになります。いかに来場者自身の記憶や体験と結びつくような空間(場)や時間をデザインすることができるか。それが、現代の魔法使いの仕事だと言えそうです。

今回、至福をつくる「体験のレシピ」を研究することで、体験における至福感情の作り方の解明に一歩近づくことができました。これからも、博展のプランナーとしてさまざまな感情をつくる「体験のレシピ」を研究・実践し、人々に魔法をかけていきたいと思います。


角田 由貴乃(プランナー)
京都大学農学部卒。在学中に統計学を学び、心理的アプローチも取り入れた食生活の研究に取り組む。卒業後は株式会社博展に入社し、BtoBからBtoCまで幅広いイベントのプランニングを担当。「体験を科学する」ことをテーマに、イベントにおける体験と感情の関係性をデータ解析の観点から研究している。2025年より、イベントアンケートの活用サービスを立ち上げ、ビジネスにおける実践的なデータ活用を推進中。

主な実績は以下。
・矢崎総業 Japan Mobility Show:https://www.hakuten.co.jp/works/yazaki_jms2025
・パナソニック CP+2026:https://www.hakuten.co.jp/works/panasonic_cpplus2026
・カバー hololive SUPER EXPO 2026:https://www.hakuten.co.jp/works/hololive-super-expo-2026

(注釈)
*1 参考:蔵永 瞳・樋口 匡貴「感謝が生じやすい状況における感情体験の特徴」2012年 広島大学心理学研究
*2 参考:高橋 由典『感情と行為 社会学的感情論の試み』新曜社, 1996年
*3 心理学者マレーの欲求リスト、日本人心理学者である荻野氏・齊藤氏が追加した欲求(荻野 七重・斎藤 勇「多変量解析からみた心理発生的欲求の分類と構造」1995年 白梅学園短期大学紀要)、社会心理学者シャローム・シュワルツが提唱する「シュワルツの価値理論」を参照の上、博展でのイベント事例で検出された欲求も含めて、リアルな体験の成功要因となりうる計60項目の欲求を抽出しました。
*4 心理学者ロバート・プルチックが提唱した「プルチックの感情の輪」を参照し、基本感情8種とその強弱派生16種、さらに基本感情が混合した混合感情24種の計48種を感情リストとしています。
*5 重回帰分析(ステップワイズ法)にて解析を行った結果を示しています。
*6 表中の施設・イベントのうち、博展が企画・制作に携わったのは体験型展覧会「Perfume Disco-Graphy 25年の軌跡と奇跡」のみです。その他は社員が一般の来場者として体験したもので、各名称は体験と感情の関係を分析する例として記載しています。なお、本記事の内容は、筆者が独自に行った調査・分析に基づく考察であり、各施設・イベントの評価や優劣を示すものではありません。

Writer / Editor:角田 由貴乃
Editor:酒井 美菜子、浅井 亜紀子