「明日の感動を創る」をスローガンに、2025年に博展が新たに設立した「商環境事業部」のこれからをお届けするシリーズ「博展・商環境事業部の挑戦と展望」。vol.2の本記事では、2025年4月に再リニューアルオープンを迎えた「マツダミュージアム」の事例を通して、本事業部が実践する常設空間のデザインについて深掘りしていきます。「映画を1本観たような体験」をキーワードに取り組んだプロジェクトのプロセスを振り返った前編に続き、後編ではミュージアムツアーの「読後感」をつくる体験デザインについて、プロジェクトメンバーが振り返ります。

ミュージアムツアーを締めくくる「読後感」のデザイン
-今回のリニューアルの際に新たに制作した「ゾーン10」では、ビジュアルデザインスタジオ「WOW」とのコラボレーションによる映像を上映する空間がデザインされています。制作のプロセスについてお聞かせください。
坂口(博展 アーティスティックディレクター):最後のゾーン10の映像は、横井さんと周藤さんが、「展示のエンディングとなる、読後感のようなものがほしい」とおっしゃられていたことを受けて制作したものです。90分のミュージアムツアーの締めくくりとなるだけではなく、映画を観終わった感覚を体現する方法を考えていきました。
ゾーン10はとても狭い空間のため、展示の最後に取ってつけたような表現にならないように、マツダデザイン本部と博展のデザイナーチーム、WOWと試行錯誤を重ねています。単純に映像だけを投影すると空間が狭く感じられてしまうので、空間を鏡張りにし、スポットライトの位置を検討しながら、シアトリカルな雰囲気が生まれる演出を意識しました。

中尾(博展 空間デザイナー):「読後感」というキーワードはもちろん、マツダさんがパーパスとして掲げている「前向きに今日を生きる」という言葉を大事に表現するための空間デザインに取り組みました。デザイン本部の方々と何度も議論を重ね、お互いがやりたいことを丁寧にすり合わせていく過程が印象的でしたね。かなり狭い空間だったということもあり、実際にどういう空間にするのかが決まってからは、博展のデザイナーチームで何度もCGを使った検証をしたり、デザイン本部の方々に現地の採寸をしてもらったりと、どうすれば実現できるかを考えていきました。
福坂(博展 プランナー):マツダさんとのプロジェクトは、検証のためのサンプル数が特に多く、すべてのゾーンにおいて日の目を見なかったプランが無数にありました。とりわけゾーン10は反射のある空間だったので、デザイナーチームがたくさんの検証をしてくれましたね。サンプルをお出しする中でも、常に博展がどのように考えるのかを問われていたような気がします。「博展さんの推し案はどれですか?」とかならずおっしゃられていたので、セッションしながら一緒につくり上げてきた感覚がありました。
中尾:マツダのデザイン本部の方々とは、モビリティショーやモーターショーといった、ミュージアムのリニューアルプロジェクトよりも前のお仕事からやりとりをさせていただいていますが、ブランディングで表現されている「前向きに今日を生きる」「魂動デザイン」「精緻と温かみ」といった言葉との相違が生まれないように、常にロジカルにお話しをされていたと思います。デザインの過程で立ち止まってしまう時には、これらの言葉に立ち戻るようにされていましたし、最終的には、そういったロジカルな部分だけではない、感覚的な部分をどれだけつくり出すのかも大事にされていたことが印象的でした。

横井(マツダ 総務部):ゾーン10については、実はリニューアル後の内覧会を実施した際に、照明を落とした空間でメッセージ性のある映像をご覧いただく体験が、もしかしたら重く感じられてしまう場合もあるかもしれない、という意見も出たんです。そこで、ツアーガイドのスタッフが「今日の体験はいかがでしたか?」と笑顔で問いかけることで、自然とお客様の顔が上がるように変更した経緯がありました。
川口(博展 空間デザイナー):なるほど、それは僕らにとっても勉強になりますね。実は映像を含めて完成したゾーン10を体験したのは今日がはじめてだったんですが、いちばん完成度の高いゾーンになったんじゃないかなと感じました。デザイナーとしては、暗くなった空間で映像がはじまり、明るい映像で締めくくられることで生まれる緩急を重視していたのですが、ガイドさんのセリフが加わることで空間が総合的に仕上がっていることがわかり、体験し終わった時には感動がありました。

マツダのパーパスに込められた想いを伝える映像体験

-ゾーン10の映像はどのように制作されたのでしょうか?
坂口:締めくくりの映像のメッセージとしてどのようなものが相応しいのかをプランナーチーム(福坂、大橋)、横井さん、周藤さんと一緒に考えていく中で、マツダさんが歴史の中で大事にされてきた言葉に注目しました。これまでに表現された言葉を決して過去のものとして終わらせず、ちゃんとブランドのDNAの中に息づかせていることがユニークなところだと思い、それらの言葉に包まれるような映像体験をつくりあげました。。そして映像の終わりには、「前向きに今日を生きる人の輪を広げる」というパーパスを打ち出すことで、マツダさんのスピリットを展示の締めくくりとして表現しています。
助光(マツダミュージアム館長):最近、あるお客様をご案内した際に、「なんだか一本の映画を観たというか、ひとつの物語を体験したような感覚でした」とおっしゃっていただくことがあり、まさに今回目指していたことがうまくいったんじゃないかなと感じましたね。また、ちょうど昨日の朝、ツアーに参加されていた70代の女性にお声がけしたんですが、2年前に亡くされたご主人が、もともと東洋工業(マツダの前進となる企業)でお仕事をされていたそうなんですね。その時、「主人が亡くなってからは家でメソメソしていたんですが、展示を見て前向きな気持ちになれました」と感謝していただいて、とてもうれしい気持ちになりました。
横井:プロジェクト当初から、90分の映画のようなストーリーを目指してきました。その中で、エピローグゾーンを設けられたことを嬉しく思います。人は映画や音楽を鑑賞した後、自然と拍手をしたくなるものです。そのような拍手が自然に生まれるシーンを作れたことに、博展の皆さんに感謝しています。
「前向きに今日を生きる人の輪を広げる」という言葉は、私たちの新しい企業理念の一つであり、この言葉は、マツダの100年の歴史を振り返り、今後につなげる展示の締めくくりのメッセージとしてふさわしいと考えています。
来館者の方々がマツダミュージアムを訪れたことを一つの転機として感じていただけるような、そんなメッセージがエンディングゾーンの映像に込められていると感じています。

坂口:僕もこのプロジェクトに参加するにあたってはじめてここへ見学にうかがった際に、「前向きに今日を生きる」という言葉の背景にあるマツダさんの歴史や広島という街の歩みについて館長さんからお聞きしました。この言葉は、一聴するとどこにでもあるような言葉だと思われるかもしれないですが、原爆が落ちた広島という街で、復興のために前向きに進み続けてきた企業のメッセージとして捉えると、言葉の重みが違って感じられると思うんです。そういったお話しを聞いていたからこそ、最後の映像のメッセージでもきちんと表現したいという想いがありました。

エンジン音で伝えるマツダの魂(スピリット)
―マツダがル・マン24時間レースで日本初の総合優勝を果たした「マツダ787B」。その感動を“音”で伝える展示も、今回のリニューアルで実現しました。制作の背景について教えてください。

坂口:前回のリニューアルでは音の演出はなかったのですが、もっと直感的に楽しめる仕掛けがあったほうが、多くの方に響くのではと思い、音の演出を提案しました。特に「マツダ787B」のエンジン音は、“天使の絶叫”とも呼ばれる独特な音で、自動車ファンの間では有名なんです。その実際の音を、最高のクオリティで届けたいと考えました。
ただ、これまでレースカーのエンジン音を本格的に録音したことがなかったので、どうすれば時速300km超える車の音を臨場感たっぷりに録れるのか、試行錯誤の連続でした。
横井:坂口さんと一緒に岡山のサーキットに行って、何度も録音を繰り返しましたよね。良い音が録れた瞬間、坂口さんが本当に嬉しそうに飛び跳ねていたのが印象的でした(笑)。博展の皆さんって、仕事というより、自分のことのように楽しみながら取り組んでくださるんですよね。その姿勢が、展示の完成度にもつながったと感じています。
坂口:録音中に気づいたのが、「良い音」は必ずしも走行中とは限らないということ。実は、走り出す前の“暖気運転”の音がとても印象的で、それも演出の中に取り入れました。
ピットで録音したとき、エンジニアの方がとても丁寧に車体に触れていた姿も心に残っています。走行音だけでなく、車を支える人たちの想いや関わりも含めて、音で物語をつくりたいと思いました。
展示では、イグニションの音、ピットでのアイドリング音やレブアップ音、伝説的なドライバーがサーキットで実際にアクセルを踏み込む音などを組み合わせて立体音響で再現しています。マツダのクルマに込められた情熱や魂(スピリット)を、“音”を通じて体感してもらえたら嬉しいですね。

企業と街の文化をつくる一翼を担う空間としてのミュージアム
-最後に、今回の再リニューアルプロジェクトを振り返って感じていることをお聞かせください。
助光:ゾーン10のような空間ができたことで、より素晴らしいミュージアムにすることができた再リニューアルだったと感じています。僕自身、広島という街で生まれ育った人間として、来場者の方々や子どもたちに向けて、マツダの歴史とともに、平和にかける想いをお伝えしたいと思っています。ミュージアムツアーをきっかけにマツダという会社を好きになってくださる方がたくさんいらっしゃいますし、映画のような感動をお客さんに与えることができる体験をつくっていただけたのがありがたいですね。

横井:このプロジェクトを終えて、ミュージアムというものは、関わるみなさんと一緒に育てていくものなんだなということがわかりましたし、本当にいいチームで仕事ができたなと感じています。リニューアルの前日、プロジェクトが終わってしまうことが信じられず、思わず寂しくなってしまって……(笑)。さまざまな意見も交わす中で、厳しいことも申し上げましたし、困らせてしまったこともあったと思うんですが、一生懸命に取り組んでいただいたことが伝わり、いいチームと巡り合えて本当に良かったなと思います。
福坂:今回はガイドさんの台本制作にまで踏み込ませていただいたことに大きな意味があると思っています。ミュージアムは今後も更新していくものだと思いますし、大切にミュージアムを育てていけるように、またご一緒できればと思います。
三澤(博展 プロデューサー):僕自身、以前からマツダさんのファンだったので、ある意味ではライフワークのように、自分事化して取り組むことができた仕事だったと思います。今日も博展のメンバーと一緒にツアーを体験しながら、「こうすればもっとよくなるんじゃないか」といったアイデアを出し合うことができ、次のフェーズに向けて自然とワクワクできるようなプロジェクトにできたんじゃないかなと感じています。
商環境事業部は、「明日の感動を創る」というスローガンを掲げていますが、表現は違うとしても、本質的には同じ意味合いの言葉が、プロジェクトを通じて度々出てきていたと思うんです。よりよい体験をつくるために何ができるかを考え続けていることが、「明日の感動を創る」というわれわれのスローガンに思いを馳せることにつながっています。
われわれ商環境事業部は、今回のプロジェクトのように、日々働くスタッフの方々の想いや、企業、さらには街の文化をつくる一翼を担う空間をつくることが真の価値だと考えています。そんな思いを持つメンバーと共に、今後も「明日の感動」を創っていきたいと考えています。

<Credit>
Editor/Writer| 堀合 俊博
Editor | 浅井 亜紀子