2023年冬、銀座の街を彩った資生堂のクリスマスウィンドウディスプレイ「在る美」。一見、静謐に佇む和傘のモニュメントは、実はその内部に繊細な「動き」を宿していました。

この「和傘」をモチーフにした展示は、資生堂クリエイティブのクリエイティブディレクションのもと、博展がデザイン・デジタルディレクション・施工を担当。

日本古来の美意識と現代のテクノロジーが融合したこのプロジェクトは、国内外の様々なデザイン賞で高く評価されました。中でも、Red Dot Design Award 2024 では「ウィンドウという限られた空間の中で、動きによって繊細さを表現できている。キネティックアートの新しいジャンルとして成立しているように思う。」というコメントをいただき、伝統工芸とエンジニアリングの融合が高く評価されました。

この記事では、本ディスプレイのテクニカルディレクターを務めた博展のデザインエンジニア、三谷悠人が、ショーウィンドウにおけるエンジニアリングの舞台裏について語ります。

プロジェクトのSTORYについてはこちら↓

伝統工芸の潜在的な美を探求した、資生堂のウィンドウアート

三谷悠人
DI(デジタルインテグレーション)チーム
デザインエンジニア

1996年生まれ。法政大学デザイン工学研究科卒。2021年に新卒で博展に入社。
多種多様なデジタルコンテンツの納品を経験し、コンセプトや表現軸を重視したデザインエンジニアリング・ディレクションを得意とする。

資生堂パーラー ショーウィンドウ「在る美」について

「和傘」と「エンジニアリング」の融合

「和傘を開閉させて、美しさを引き立てたい」という相談が始まりでした。

和傘が持つ美しさや象徴性、そしてそれを「動き」や「構造」としてどう表現しうるかについて、初期案の設計・検討を担当しました。

ラフパースに対しては、スケッチや図解などを用いてこちらの考えを共有しながら、動作や構造の仕組みもあわせて提案。
美しさと機構の調和を目指しながら、表現としての可能性と実現性の両面から方向性を絞り込んでいきました。

【パース:コンセプトスケッチ】
【スケッチ:動きのイメージ】

すぐに京都にある老舗和傘屋の日吉屋様にご相談し、検討用にミニチュアの和傘をご提供いただきました。いただいた和傘をもとに、ダーティモック(簡易モックアップ)による動きの印象確認を実施。別件で使用していた機構を流用し、即座に組み上げ検証を行いました。

この案件の納品は2ヶ月後だったため、検証・判断・設計のすべてを高いスピード感で進める必要がありました。

【プロトタイプ0:動作確認モデル】
※この機構は2021年に制作したshiseido parlors sweetsの機構を魔改造して作りました。

見えない美を追求する技術的な挑戦

次に大きな課題となったのは、“機構の存在感をいかに溶け込ませ、美しさを損なわずに馴染ませるか”という点でした。

傘の開閉動作そのものは比較的シンプルなものですが、今回のディスプレイでは、あくまで主役は「造形美」と「静かな息遣い」であり、機構が目立ってしまっては作品の世界観が壊れてしまいます。
そのため、動きに違和感が出ないよう細心の注意を払いながら、構造や駆動部を極力目立たせずに収めるという繊細なバランス調整が求められました。

検討・設計が本格化したのは8月。納品まで残り2ヶ月というタイトなスケジュールの中で、弊社プロダクトマネジメント部の熊崎、そして株式会社A-KAKの赤川智洋さんにご参加いただき、設計からプロトタイピング、検証、納品までを一体となって走り切るプロジェクトとなりました。

開発プロセス

和傘リース

まず着手したのはリースです。5尺サイズの野点傘をベースに、できるだけ既存の傘の構造を活かした設計を進めました。

日吉屋様から野点傘を貸していただき、細部を採寸。その上でろくろ(傘の中心部)にモーターを内蔵し、柄の内部にリードネジを仕込むことで機構を外部から見えないようにしています。

【Rhinoceros設計画面】
【3DCAD 断面図】

柄の部分は構造的に強度のあるSUSパイプ材を使用し、鏡面加工により“装置感”を消すことで、装飾としての品位も確保しました。

【展示写真】

和傘ツリー

ツリーは、今回の展示のシンボルとなる“最大の構造物”でした。サイズも重量も段違いであったため、構造的な軸にはΦ114.3mmの鋼管を採用し、強度・施工性・設置環境など多方面を考慮しながら設計を進めました。

まず、日吉屋様に実寸大で1セット制作いただいて、どのくらいの力がかかるのかを確認するところからスタートしました。

【日吉屋での実寸検証の様子】
https://hiyoshiya.wagasa.com/kyowagasa/history/

構造的な部分が確認できたのち、次に課題となったのが、現地での組み立てを前提とした構成です。完成状態では運搬、搬入ともに困難なため、ツリーはロケット鉛筆のように三段に分割できる“分割傘”構造とし、それぞれのユニットを現場でスタッキング(積み上げ)することで、最終的にひとつの大きなツリーとして一体化させる仕組みにしました。

【ツリー機構分割構造図】

構造的にΦ114.3mmの鋼管を採用したことで、通常の和傘に使われる「ろくろ」では対応できませんでした。そこで、構造的にも美しく、かつ60本の骨を正確に受け止めるオリジナルのろくろを新たに設計・製作しました。動作部の設計は赤川さんと密に連携しながら進めていきました。

【オリジナルろくろ】
【傘の部品名称について】

現場での最終調整と納品

現場搬入の約1週間前、弊社の自社工場「T-BASE」にて仮組立て検証を実施。

実際の和傘と機構を組み合わせて動作確認を行いながら、演出のディテールや現場での組み立て手順の最終調整を行う重要な工程です。

大きな問題はなかったものの、鋼管が重く組み立てが大変でした。特に、下段から積み上げて組み立てる際に下段の傘が設置されてしまうので、最上段を組み立てるタイミングでは脚立が軸から少し遠くなってしまい力が入れにくい状態でしたが、仮組時に左右7尺と下段から支える3名体制で行うことで安全に組み立てられることを確認しました。

また、組み立て時の衝撃で和傘の飾り糸がほつれてしまったりなどのトラブルもおきましたが、プロダクトマネージャーの熊崎との連携で、日吉屋の職人さんに現場にも入っていただき、納品時のクオリティが最大限発揮できるよう進めることができました。

【博展T-BASEでの仮組の様子】

仮組で細かい要素がチェックできたので、納品へと進みます。
工事については大きなトラブルはなく順調に進みました。

【施工写真】

ショーウィンドウは幾度となく納品してきましたが、完成して動き始めた瞬間に自分が考えていた以上に力のある、魅力的なウィンドウになっているように感じたことをよく覚えています。

世界が認めた「在る美」

本作品はありがたいことに、国内外のさまざまな賞をいただくことができました。

日本空間デザイン賞 KUKAN OF THE YEAR や ディスプレイ産業賞・優秀賞FRAME AwardsNew York ADC などのショートリストにも選出され、多方面から注目していただけたことをとても光栄に思っています。

中でも Red Dot Design Award においては、最高位である GRAND PRIX を受賞し、世界的にも高い評価を得ることができました。特に、ジャパニーズキネティックアートとして新しい文脈を感じる、などのありがたいコメントもいただきました。

また、PechaKucha Night Tokyo Vol.191 での登壇や、弊社の社外向け展示企画である Hakuten Open Studio におけるトークセッションなど、制作の背景や技術的な工夫をお話しする機会にも恵まれました。

一つの作品を通じて、これほど多くの出会いや経験に繋がったことは、デザインエンジニアとして本当に貴重な体験でした。

資生堂「在る美」受賞一覧

・Red Dot Design Award 2024

Brands & Communication Design 「グランプリ」 Spatial Communication「Best of the Best 2024」

FRAME AWARD 2024

Window Display of the Year(RETAIL‐Window Display)

日本空間デザイン賞2024

「KUKAN OF THE YEAR/日本経済新聞社賞」 ショーウインドウ・アート空間「金賞」

第103回 NY ADC賞

Bronze

第43回 ディスプレイ産業賞(2024)

ディスプレイ産業優秀賞(経済産業省大臣官房商務・サービス審議官賞)

iF DESIGN AWARD 2025

WInner

SDA

Beauty from within by Hakuten Corporation (Japan) Visual (Corporate/ Branding/ Multi-Media/ Exhibition)

IDA 2024 

Silver in Other Interior Designs / Temporary / Pop-up

ADFEST

INNOVATION DE21 Sustainable Design Silver

【Red Dot Design Award 授賞式にて】
【PechaKucha Night Tokyo Vol. 191 登壇の様子】

最後に

今回のウィンドウディスプレイは、職人の手仕事による伝統工芸の美しさと、和傘の構造的な魅力を引き出すデザインが高度に融合することで、非常に魅力的な作品になったと感じています。資生堂の美についての意識やスタンスを体現しつつ、冬の街に静かに佇むクリスマスのモニュメントとして、その“息遣い”を穏やかに、しかし力強く伝えることができたのではないかと思います。

何より印象に残っているのは、完成した作品を初めて目にした瞬間、自分の想定を超える -言葉にできない不思議な魅力がそこに宿っていたことです。資生堂パーラーという場の力、そしてもちろん、各メンバーが最大限のクオリティを目指して制作に挑んだ結果、120%の成果を生んだのだと感じています。

また、今回のウィンドウでは作品は素材として職人さんに返却し、和傘の部品などに再利用してもらっています。ものづくりに取り組む上で素材の循環や、その存在を後世にどう残していけるのか、といった視点も含めて今後もより良い作品制作にこだわり、制作を続けていきたいと思っています。

▼CREDIT
CREATIVE DIRECTOR|信藤 洋二 (SHISEIDO CREATIVE)
ART DIRECTOR / DESIGNER|金内 幸裕 (SHISEIDO CREATIVE)
DESIGNER|伊藤 愛希、鍋田 知希 (HAKUTEN)
PRODUCER|楯 誠志郎 (HAKUTEN)
CREATIVE ENGINEER|三谷 悠人 (HAKUTEN) , 赤川 智洋 (A-KAK)
TECHNICAL DIRECTOR|熊崎 耕平 (HAKUTEN)
CONSTRUCTOR|新宮 海生 (HAKUTEN)
PHOTO|林 雅之
MOVIE|鈴木 一平
SPECIAL THANKS|株式会社 日吉屋