2025年9月〜11月にかけて、東京銀座資生堂ビルにて展示されている「檜皮葺(ひわだぶき)」をモチーフにしたウィンドウディスプレイ「Presonal Forest」。博展は、資生堂クリエイティブの小林恵理子氏と共に、デザイン・制作・施工を担当しました。

日本の伝統技術と現代のデザインが融合した、新しい表現の可能性を感じさせるウィンドウアート。檜皮葺職人の(株)友井社寺 友井辰哉さんと共に制作をし、これまでにないショーウィンドウ作品を作り上げました。伝統と革新が交錯するものづくりの現場に本案件デザイナーの伊藤愛希がインタビューで迫ります。

「Personal Forest」

今回の企画は、アートディレクター兼デザイナーの資生堂クリエティブの小林さんが、「創業以来、万物資生という思想をかかげ、万物と共に私たち資生堂があるということに、あらためて想いを巡らせ未来へのヒントをみつめたい。Perslnal foresetとはリサーチの中でみつけた“人が1日に必要な酸素量=約8本の木が作る酸素量”という文脈から独自で考えた、人と森の関係性の単位です。檜皮葺を使って人と自然が共存する架空のサスティナブルな空間を作りたい。」という思いが発端でした。
そこで、博展の制作管理を担当する熊崎耕平が、檜皮葺を実際に手がける職人を探すところからプロジェクトはスタートしました。

各地の森林や伝統技法に精通している(株)森未来の片岡さんを通して出会ったのが、出雲大社や清水寺などの社寺建築の屋根を手掛ける「(株)友井社寺」さん。長年にわたり伝統技法を受け継いできた職人・友井辰哉さんとの出会いによって、「Personal Forest」は本格的に動き始めました。

ー檜皮葺とは?
檜皮葺は、神社や仏閣の屋根に用いられる日本固有の伝統的な屋根葺き技法です。出雲大社や清水寺の屋根にもこの檜皮葺が採用されています。檜の樹皮を丁寧に剥がし、形を整えたうえで、薄く重ね合わせながら貼り重ねて仕上げるのが特徴です

実際に資生堂パーラーで、檜皮葺の制作工程の展示と、檜皮葺で制作された作品の展示が行われています。

二つの大窓は、見方の変化によって同じ物事の違った側面が現れる様子を、スケールの違いで表現。スケールの変化は、自然と人間の関係をより深く理解するための、未来に繋がる視点を与えてくれると思い、このような形にしました。(資生堂:小林)

#伝統技術でウィンドウアートをつくる挑戦

檜皮葺職人 友井さん
空間デザイナー(インタビュアー) 伊藤愛希
プロジェクトマネージャー 熊崎耕平
制作部 五味徒来

──檜皮葺の活用としては今までにない依頼だったと思いますが、お話を聞いた時の印象は?

友井(友井社寺): 私は代々檜皮葺の職人の家系で、伝統的な技術を受け継いできました。普段は神社仏閣などの屋根を手掛けることが多いのですが、今回、森未来さんを通じて、資生堂クリエイティブ+博展チームからお声がけいただき、ウィンドウディスプレイという新しい分野に挑戦することになりました。伝統技術を現代のデザインに生かすという、とてもやりがいのある仕事だと感じました。

五味(博展): 檜皮葺を扱うのは初めてだったので、曲面にどう檜皮葺を施すか不安もありましたが、互いの工房を行き来して綿密にすり合わせることで、友井社寺さんの高い技術力を生かし、実現に至りました。

──今回の作品制作で、いつもと違う形状の屋根に檜皮を葺いていく中で、難しさや楽しさを感じた点はありましたか?

友井: 最初は富士山のような円錐形のイメージだったので、下から順番に葺いていけば収まるのかなと思っていたんです。ところが、徐々にデザインがアップデートされ、ヘルメットのような半円の形になった時は正直どうしようかと。普通の屋根とは全く違う曲面に檜皮を施すのは、かなり難しい挑戦でした。でも、そういった制約がある中で、どうやったら美しく仕上げられるかを考えながら作業するのは、とても面白かったですね。普段とは違う視点とアプローチが求められたので、自分の技術の幅を広げる良い機会にもなりました。

## 遠隔地での協業の工夫と苦労

──実際に制作を進めていく中で、どのような苦労や工夫があったのでしょうか。

熊崎(博展): 友井社寺さんの工房は兵庫県にあるのですが、まず実際に工房を訪れさせていただき檜皮葺について学びました。その後の細かな打ち合わせはリモートで行いました。リモートでのやり取りを工夫しながら、設計や材料の選定を進めていきました。また、檜皮葺の部材を現地に運ぶ際も、破損しないよう慎重に梱包し、スケジュールのすり合わせを綿密に行いました。

五味: 今回デザインチームが、3D設計アプリケーション(ベクターワークスとライノセラス)で設計をしていて、打ち合わせをしながら画面で3Dのイメージが見ることができるので、すごく具体的なイメージができ、実際制作する際ディティールまでこだわったものになりました。シンプルに見えて結構細かく難しい作りになっているのですが、3Dソフトでパーツの書き出しなども行えたことで、全体のクオリティがかなり上がりました。

友井: 最初のディスカッションの中で3Dのデータを画面共有してもらったことが、形にできたポイントだと個人的には思っています。伝統的な技術と、現代の技術を組み合わせることで新しい作品が生み出されていくのは面白かったですね。
みんなが得意分野で協力し合いながら一つのものを作る。それぞれの立場から良いと思ったことを伝え合って調整していくみたいなのが印象に残っていて、細部までこだわりを持った良いチームでものづくりができているなと思いました。

そのあとは友井社寺さんに実際に博展の辰巳工場に来ていただき、ディティールを詰めていきました。

##完成作品への感動と反響

──完成したウィンドウを見た時の感想はいかがでしたか。

友井: まず、無事に納期に間に合うことができ、事故なく終えられた事が良かったと思いほっとしました。また、銀座という一等地の中に、有機的なデザインのものがそびえ立っているのは、いい意味で不思議な感じがしました。

五味: 工場で見た時は大きさに驚きましたが、資生堂パーラーで見るとさらに迫力があり、いろいろな要素が組み合わさった素晴らしい作品だと感じました。最終的に本当にすごいものができたという達成感がありました。

熊崎: 今までも様々な展示を手掛けてきましたが、今回の作品は素材や技術など、物としての力強さを感じました。構造やデザイン、素材の特性など、様々な要素が積み重なって出来上がった作品の存在感は圧倒的でした。木の技術や骨組みの作り方など、制作過程の積み重ねがウィンドウからも伝わってくる、素晴らしい作品だったと思います。

友井: 完成したものを見た時には本当に感動しました。足を止めて見られる方が多かったとお聞きすると、それだけでもすごく嬉しくなりますし、ありがたかったです。
普段檜皮葺は神社仏閣の屋根で使われていますが、その姿を銀座で皆さんに届けられたことは本当に嬉しかったですね。

##伝統技術の可能性と今後の展望

──今回のプロジェクトを通じて、今後はどのような展開を期待されていますか。

熊崎: 日本の伝統技術の可能性は無限大だと感じています。今回のように、異なる分野のクリエイターとコラボレーションすることで、新しい表現や価値を生み出せると思います。伝統を守りながらも、時代に合わせて進化していくことが大切だと考えていますので、今後もこうした取り組みを続けていきたいですね。

五味:博展の制作部としても、檜皮葺をはじめとして、日本の様々な技術をもっている職人さんやクリエイターと一緒にものづくりができる機会を増やしたいです。そういった共創から今回のように今まで見たことのない美しいもの、面白いものを作っていけたら嬉しいです。

──今後、檜皮葺がどのような形で世の中に伝わっていくと嬉しいですか?

友井: 檜皮葺は一般の人からは少し縁遠いものかと思いますが、環境にも優しいことや、実は1300年の歴史があって日本だけの技術だということを広く一般の人に知って貰えたらと思います。今は神社仏閣にほぼ限定されていますが、もっと身近な素材として使われていくことを願っています。

──今後どのような作品づくりに挑戦してみたいですか?

友井: 近代的なアートや新しい表現がされた建物にこの技術を載せたらどうなるかということにすごく興味があります。今回のように、やったことないようなことにまた挑戦できたら楽しいですし、そう考えるとワクワクしますね。

──最後に読者の皆さんにメッセージをお願いします

友井: 日本の伝統技術は、先人たちが長い年月をかけて磨き上げ、繋いできた宝だと思います。現代に生きる私たちには、その価値を再発見し、未来に受け継いでいく使命があると感じています。一見すると遠い存在に感じるかもしれませんが、今回のように身近なところにも伝統技術を生かすチャンスはたくさんあります。皆さんも日本の伝統美に触れる機会を見つけていただけたら嬉しいです

あとがき

今回、様々な方の協力によって、檜皮葺を銀座の真ん中に展示することができました。今回このような素敵な機会をくださった資生堂クリエイティブの小林さん、檜皮葺を制作してくださった友井社寺さん、友井社寺さんを紹介し、制作協力してくださった森未来さん、細かい3Dや構造設計をしてくださったアーティストリーさん、そして博展の制作チーム、ありがとうございました。
作品の前で、子供たちが窓に張り付いて夢中で覗き込んでくれたり、おばあちゃんがじっと見つめてくれている姿を目にして、銀座を訪れた方々に檜皮葺の魅力を伝えられたことが嬉しかったです。

私は、日本の技術と現代の技術やデザインを組み合わせて新しいものを作り、世の中との接点を作りたいという気持ちがずっとあり、今回も檜皮葺を、世の中に届けることができ心躍りました。
過去作品には、空間デザイン賞・reddotでグランプリを受賞した和傘職人さんとのコラボレーション「在る美」があります。デザイナーとしてこのような取り組みをこれからも続けていけたらと思っています。

11月21日(金)まで展示しているので、ぜひ実物を見に行ってくださると嬉しいです。
改めて、ありがとうございました。

クレジット
クリエイティブディレクター:信藤 洋二(資生堂クリエイティブ)
アートディレクター/ デザイナー:小林 恵理子(資生堂クリエイティブ)
デザイナー:伊藤 愛希、鈴木 彩楽
制作管理:熊崎 耕平、三宅 蘭瑠
木工製作:五味 徒来
サイン制作:松村 峰
3Dデータ制作:嶋村 侃士(株式会社アーティストリー)
檜皮葺製作:友井 辰哉(株式会社友井社寺)
製作協力:片岡 雅貴(株式会社森未来)
進行管理:野田 優貴
写真:飯野 大平
Special Thanks : 髙橋 健太郎 / 高橋 亜美
取材・記事制作:HAKUTEN 伊藤 愛希/ 浅井 亜紀子 

HAKUTEN インタビュアー
伊藤愛希
Aki Ito
1995年仙台市生まれ。武蔵野美術大学建築学科卒業後、博展で空間デザイナーとして活動。2025 Forbus NEXT100, reddot グランプリ・空間デザイン賞グランプリ・FRAMEAWARDグランプリ、iFなど国内外数々の賞を受賞している。