2025年3月に開催された「TOKYO CREATIVE SALON 2025」にて発表したインスタレーション・アート作品「PRISM_geographic」が、イギリスの国際的なデザインアワード「D&AD Award 2026」にて「Creative Use of Budget:Wood Pencil(銅賞)」および「Installations:Shortlisted(入賞)」を受賞しました。

羽田空港に隣接する大規模複合施設・HANEDA INNOVATION CITY(略称:HICity® [エイチ・アイ・シティ]以下、HICity)内の空き区画を活用した本作品は、離発着する飛行機の航路を光で表現したインスタレーションであり、これまで展示場所に合わせてかたちを変えながら展開してきたシリーズの一作でもあります。本記事では、HICityの事業を推進する鹿島建設の谷口直輝さんをお迎えし、本作品のデザイナーの高橋匠と共に制作プロセスを振り返っていきます。


Index

・空き区画を活用し、イノベーションが生まれるまちを体現する展示制作へ
・羽田の文脈を紐解き、光の分散で航路を表現するインスタレーション
・インスタレーションを通じた思いがけない出会いの創出
・学び合いながら言い表せない想いをかたちにする、参加型デザインの実践


空き区画を活用し、イノベーションが生まれるまちを体現する展示制作へ

鹿島建設 開発事業本部 谷口直輝さん

ーはじめに、本プロジェクトが生まれた背景についてお聞かせください。

谷口(鹿島建設 開発事業本部):今回制作いただいた「PRISM_geographic」は、2021年からスタートした都市型イベント「TOKYO CREATIVE SALON(以下、TCS)」の2025年度の展示のひとつとして依頼させていただいたものでした。展示場所となったHICityは、われわれ鹿島をはじめ、隣接する羽田空港の旅客ターミナルを管理・運営する日本空港ビルデングなど、計9社が出資する羽田みらい開発株式会社が開発・運営しています。2023年には、TCSの開催エリアに「羽田」が新たに加わり、HICityも参画を始めました。
2025年は、われわれも企画主体となり、HICityのことをより多くの方に知っていただくきっかけとなるような取り組みを実施したい、という思いがありました。

ー空き区画を使って展示をおこなうアイデアはどのように生まれたのでしょうか?

谷口:この街の飲食区画の一角に、まだ入居者様が決まっていない空き区画があったんです。
HICityは「このまちで過ごす全ての人に、イノベーションを」をコンセプトに掲げており、このタイミングでしか使うことができない空間で、実験的な取り組みを行うことが、この街らしさを表現することにもつながるのではないかと考えました。

ー高橋さんは、はじめに本プロジェクトのお話をいただいた時にどのようなことを感じましたか?

高橋(博展 デザイナー):実は以前から空き区画を使ったおもしろい取り組みができないだろうかと考えていたので、ようやくチャンスが巡ってきたなと感じましたね。こういった空白地帯のような場所は日本全国にたくさんあると思うのですが、なかなか貸してもらえる機会がないので、谷口さんのように柔軟な発想の方と一緒に取り組めるのであれば、きっといいものができるだろうなという期待感がありました。

博展 デザイナー 高橋 匠さん

ー博展と一緒に取り組む際に、谷口さんとしてはどのような展示にしたいと考えていましたか?

谷口:はじめから具体的なイメージがあったわけではないですが、TCSは都内の各所で同時多発的に多様なコンテンツが実施される祭典なので、HICityという街、そして「羽田」という場所だからこそできる表現やコンテンツに挑戦したいという思いがありました。渋谷や丸の内などの他のエリアと比べると、ふらっと偶然通りがかる方が多い場所ではありません。そのため、わざわざ来街したくなるような体験であることに加え、小さな子どもから大人まで、デザインやアートにあまり馴染みのない方にも楽しんでいただき、新たな発見や思いがけない気づきが得られるものにしたいと考えていました。博展の皆さんと、こうした私たちの思いや目的を共有するところからご一緒できたことが、その後プロジェクトを進める上でも、とても大切だったと感じています。


羽田の文脈を紐解き、光の分散で航路を表現するインスタレーション

ーそれでは、高橋さんが本プロジェクトの展示として「PRISM」を制作した経緯を教えてください。

高橋:もともとPRISMは、神奈川県横須賀市の無人島・猿島で開催された芸術祭「Sense Island」への出展を機に制作したアート作品でした。ガラス製のプリズムに照明を当てることで発生する光の分散を使用した作品です。一見するとプロジェクションマッピングのようなビジュアル表現だと感じられるかもしれないですが、スクリーンに映像を投射する作品とは異なり、光が空間を切り裂いていくような質感を体験できるのがこの作品の大きな特徴だと思います。

Sense Island -感覚の島- 暗闇の美術島での「Prism」

今回の提案に際して、事前に空き区画を見学させていただいたんですが、給排水用に床の一部が一段落とした場所があり、PRISMの照明を設置するのにぴったりの空間だなと思ったんです。PRISMは真横からプリズムに照明を当てることで光を平滑面に這わせる必要があり、窪んだ部分に照明を設置すれば、新たにステージを造作することなく、そのまま空間を活かした施工ができそうだなと。

谷口:この段差は、インスタレーションを制作するうえでは扱いにくい条件になるのではないかと心配していたんですが、PRISMにとっては、むしろこの段差が生かせると伺い、安心しました。

ーそういった施工条件のほかに、PRISMシリーズをHICityの展示として提案した理由は何でしたか?

高橋:PRISMシリーズは、場所の文脈に合わせて表現のかたちを変えていく作品です。最初の発表時には、Sense Islandの会場である神奈川県・猿島の文脈を紐解き、かつて旧日本軍の軍事拠点として横須賀のまちを守るために設けられていた砲台をモチーフに照明を配置していました。その後の渋谷の桜ヶ丘や六本木アートナイトでの展示においても、会場に合わせたレイアウトを配することで、その場所ならではの作品として発表しています。

TCSで展示する上では、羽田空港に隣接するHICityの文脈を活かし、羽田空港から世界中へと飛び立っていく飛行機の航路を光の分散で表現する作品として提案させていただきました。さらに、3つの照明のうちのひとつを来場者が自由に動かせるようにすることで、まるで管制塔の上から飛行機の離発着を見守っているような体験になっています。

本展示における最大のチャレンジは、空中にも光を飛ばすために、天井からプリズムを吊るしているところですね。これまでの作品では、並行に光が伸びていくレイアウトしかできていなかったんですが、施工の最中に試しに空中に光を飛ばしてみたところ、思ったよりもうまくいくことがわかり、急遽その場で谷口さんにレイアウトの変更を提案させていただきました。

谷口:プリズムに入った光が空中をぱーっと広がっていき、まるで魔法を見ているようでした。

施工中、偶然手に持ったプリズムに当たった光が反射したことからのアイデア

ーちなみに、これまでの作品も含めてプリズムのレイアウトはどのように決めているでしょうか?

高橋:光は”生もの”なので、図面上では表現しきれず、実際に施工現場でプリズムの角度を調整しながらレイアウトを決めています。サイズも形状もまちまちですし、少し角度を変えるだけで飛び方が変わってしまいます。
羽田イノベーションシティの展示の場合、まずは演出のポイントとして羽田空港を表現する位置に大きめのプリズムを複数配置し、そこに光を当てながら分散した光の先に別のプリズムを配置していきました。

空中に光を飛ばす演出は、床面を這う光を鏡に当てて、吊り下げたプリズムに向けて光を当てているんですが、調整にかなりの時間がかかりました。


インスタレーションを通じた思いがけない出会いの創出

ー実際に完成した作品をご覧になっていかがですか?

谷口:科学的な現象であるプリズムを、美しいインスタレーションに落とし込んだ作品のコンセプト自体がHICityらしいと感じましたね。HICityは、先端産業と文化産業を発信するとともに、それらを掛け合わせることで新たな産業やイノベーションをうみだすことを目指しています。この作品は、そうした街のあり方とも、とても親和性の高い作品だと感じました。また、小さな子どもたちやアートやデザインに詳しくない方でも楽しめる体験にしたいという願いも叶えていただき……めちゃくちゃピッタリじゃないですかと(笑)。

それに、空港という場所は目的地に向かう途中で通り過ぎるだけの場所だと思われがちなんですが、一方でHICityは、さまざまな人々がこの街に集まり、文化やテクノロジー、新たな産業の可能性を広げていく発信地として活動していきたい、という思いがあります。

この作品で表現された光の航路には、そういったわれわれの思いも重なっていると感じましたし、美しい空港夜景が一望できるこの街との親和性も高く、「HICityならでは」の作品に仕上げていただいたと感じています。

ー作品を体験された方からはどのような反応がありましたか?

高橋:近隣のホテルに宿泊していた外国人家族のお子さんが、連日会場に来て作品を楽しんでくれていたのが印象的でしたね。そういった子どもの来場者はもちろん、HICityに入居しているR&D施設の研究職の方や、大田区の産業振興協会の方々にもたくさんお越しいただき、プリズムの現象についての話で一緒に盛り上がることができたので、ものづくりが好きな方々にも楽しんでいただけた手応えがありました。

谷口:HICityでは、大田区内の企業やスタートアップ、大学、入居企業など、さまざまな方々が活動し、交流できる機会を積極的につくっています。われわれとしては、なかなか普段は関わることができない業界や領域の方々との偶然の出会いを創出することで、新たな気づきやイノベーションが生まれるきっかけになると考えています。今回の展示も、私たちが目指す「このまちで過ごす全ての人に、イノベーションを」を体現する、一つの事例にできたのではないかと感じています。

ー本作品は2026年の「D&AD Awards 2026」の「Creative Use of Budget:Wood Pencil(銅賞)」および「Installations:Shortlisted(入賞)」に選出されました。受賞結果をどのように感じていますか?

高橋:「Creative Use of Budget」に選ばれたのは、新しい造作を加えることなく、既存の空間を活かしながらこれだけ没入感のある作品を仕上げることができた点が評価されたのかなと思っています。この作品は3つの照明とプリズムを配置するだけで完成するため、ダンボール1箱分の準備で済みますし、反射を利用しているので使用電力も少ないんです。そんなミニマルなインスタレーション作品として特徴を、海外の審査員の方々に注目していただけたのが嬉しいですね。

谷口:これまでもHICityでインスタレーション作品を展示する機会はあったのですが、こうした賞に応募したことはなかったので、今回、受賞することができて本当に嬉しい限りです。多額の予算をかけた大規模な作品ではなく、すでに実績のある「PRISM」を、空き区画という制約の多い空間を生かしながら「HICityならでは」の作品として展開し、ご評価いただけたことに、大きな意義を感じています。今回の受賞を通じて、この街、この場所ならではの地域性や文脈を生かしたストーリーづくり、コンセプト設計の重要性を、われわれとしても改めて実感しました。


学び合いながら言い表せない想いをかたちにする、参加型デザインの実践

ー高橋さんはデザイナーとアーティストのどちらの肩書きでも活動していますが、博展のメンバーとしてインスタレーション作品を制作することについてどのように考えていますか?

高橋:博展は「体験」のデザインを軸にしている会社なので、美しい空間をデザインするだけではなく、参加者が触れることができたり、展示に参加できたりするような、「体験」そのものをつくることを普段から意識しています。あくまでインスタレーションはその手段のひとつですね。
個人的には、デザイナーであると同時にアーティストでもあるからこその仕事の向き合い方ができていると感じています。アーティストとして譲れない部分をギリギリまでこだわることもありますし、作品の構造について考える時やクライアントの思いをくみ取り、文脈を紐解きながら表現していくという意味では、デザイナーとしての経験が活かされているのではないかなと。

ー最後に、あらためて本プロジェクトを振り返って感じていることをお聞かせください。

谷口:博展の皆さんとご一緒するのは今回が初めてでしたが、こちらの意図や思いを丁寧に汲み取っていただき、スムーズにコミュニケーションを重ねることができました。単に予算や場所などの条件をお伝えし、作品を納品していただくのではなく、目的や思いを共有したうえで、「どうすればもっとおもしろい体験にできるのか」を現場で一緒にアイデアを膨らませていく。そのプロセス自体が、私たちにとっては学びの多い機会になりました。
本プロジェクトは、「この街ならでは」の価値を一つ積み重ねる機会になったと思います。今後も、さまざまなデザイナーやアーティスト、クリエイターの方々にこの街を舞台に活動していただき、新たな表現や体験が生まれていく。そのための一つのモデルとなるプロジェクトになったと感じています。

高橋:あらためて、こういった機会をいただいたことに感謝を申し上げたいと思います。この環境を用意してくださった鹿島建設のみなさんと思いが一致したからこそ実現できた、稀有な機会だったと感じています。PRISMは羽田空港という場所の文脈との相性がいい作品だと思うので、別の機会での再展示や、常設展示のようなかたちでいつかまたご一緒できると嬉しいですね。
近年はPRISMのようなインスタレーション作品の他にも、企業や自治体のモニュメントをデザインする機会があり、クライアントの想いをかたちにしていく仕事が徐々に増えてきています。作品そのものだけではなく、制作プロセスを通じてクライアントに寄り添える存在が求められているのを感じますし、本プロジェクトのような学び合いが生まれる参加型デザインの価値は今後さらに増していくのではないかと考えています。辰巳に共創スタジオを持つ博展としては、クライアントと制作プロセスを共有しながら進めていきやすい環境が揃っているので、そういった強みは今後も活かしていきたいと思います。

WORKS
https://www.hakuten.co.jp/works/prism_geographic

OVERVIEW

CLIENTHANEDA INNOVATION CITY
PROJECTPRISM_geographic
VENUEHANEDA INNOVATION CITY

2025年3月に開催された「TOKYO CREATIVE SALON 2025」にて発表したインスタレーション・アート作品「PRISM_geographic」が、イギリスの国際的なデザインアワード「D&AD Award 2026」にて「Creative Use of Budget:Wood Pencil(銅賞)」および「Installations:Shortlisted(入賞)」を受賞しました。

羽田空港に隣接する大規模複合施設・HANEDA INNOVATION CITY(略称:HICity® [エイチ・アイ・シティ]以下、HICity)内の空き区画を活用した本作品は、離発着する飛行機の航路を光で表現したインスタレーションであり、これまで展示場所に合わせてかたちを変えながら展開してきたシリーズの一作でもあります。本記事では、HICityの事業を推進する鹿島建設の谷口直輝さんをお迎えし、本作品のデザイナーの高橋匠と共に制作プロセスを振り返っていきます。